清水宗治

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備中高松城址公園

清水宗治辞世の句

浮世をば今こそ渡れ武士(もののふ)の名を高松の苔に残して

平城で水面との差4m

秀吉は3千mに及ぶ堤をわずか12日間で完成させた。

とき恰も梅雨の頃、増水した足守川の水を流し込み、たちまちにして188haの大湖水ができ、城は孤立した。

堤防を築くのに地元の百姓から材料を調達したが、約束した報償は秀吉の大返しの為、空手形になってしまった。

高松城水攻めは黒田官兵衛孝高の献策だという説がある。

『播磨灘物語』では、秀吉の脳内にもあった。

構想を同じく考えていたことから、秀吉が官兵衛の頭脳に恐れを抱いたという描写があった。

歴史オタクの長男H君の受け売り。
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備中高松城址資料館
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by spremuta-arancia | 2007-05-21 06:20 | 日本史 | Comments(0)

平凡だけど幸せな毎日を過ごすおばさんの日記


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