歴史大好きなH史くん

彼の名前を考えた時、こんなに歴史に興味を持つとは思わないでつけました。

彼の日本史好きは行き着くところを知りません。

鬼籍の司馬遼太郎さんもびっくりでしょう。

まさにマニアックの世界です。

その彼が今の愛西市、昔、海部郡○○村出身のじいに勝幡城ってどこにあるか知っている?

知っているよ。

ワシの在所に近いよ。

ワシの在所には死んだ弟の娘、芳子というのが跡を取っとる。

むにゃむにゃ

『ワシに1度電話を寄越しただけでその後は何にも言って来ん。』

H史くんには何の興味もない。

その話は明日には忘れるから聞かせてもらわなくってもいいよ。

そうなんです。H史くんは興味のある知識だけが明日以降も忘れずに残っていくんです。

勝幡城は名鉄の駅から歩いて何分?

そうだねぇ。10分位かな?

勝幡城(しょばたじょう)は、愛知県稲沢市平和町六輪字城之内(旧・尾張国海東郡勝幡)にあった城郭。

織田信定が永正年間(1504年~1520年)頃、尾張国の海西郡を手中に治めた際に勝幡城を築城した。信定の跡を継いだ織田信秀は今川氏豊から那古野城を攻め取り、本拠を勝幡城から那古野城に移して、後、清洲城が織田家の本拠と成り、衰退して勝幡城は廃城と成った。

清洲城を本拠とした織田氏の一族清洲織田氏の守護代織田達勝のもとで奉行の地位にあり代々弾正忠と号した。また、彼は弾正左衛門尉とも称する。「清洲三奉行」の一人とされている。中島郡・海西郡に勢力を広げて津島の港を手中に収めた。この港から得た経済力が戦国大名としての織田氏の発展の基礎となったとされる。天文年間初めに信秀に家督を譲って隠居した。

勝幡駅(しょばたえき)は、愛知県愛西市勝幡町(旧海部郡佐織町域)にある。


じいは何と六輪を記憶していた!

H史くん果たして行くつもりか?
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by spremuta-arancia | 2007-09-08 07:11 | 日本史 | Comments(0)

平凡だけど幸せな毎日を過ごすおばさんの日記


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