歴史講演会

今回は

皆さんのご存知の先生ではありませんが

「開府400年記念歴史講演会」
築城後の尾張名古屋藩

とても楽しかったですよ

先生、ほとばしる知識で話の途中

ついでにこれも話がどんどん横道に逸れるんです

そして、なっかなか戻ってこないんです

でも、歴女のはしりとしては(?)面白かった

松平忠吉がどうして死んだか

もう少し詳しく話して欲しかったけど

時間が限られているから仕方ないかな

その割にお亀の方(相応院)の石清水八幡宮の話から

八幡太郎義家まで話が飛ぶ

そして源敬公に戻る

「二品前亜相尾陽公源敬」

尾張徳川家の藩祖徳川義直の墓所定光寺にある

石塔に彫られた文字

歴史の研究家らしく尾張がどうして隆盛していたか(木曽の森林資源のおかげ)

本丸御殿を作るよりそれを研究し名古屋市民を教育啓発するのが先だろう

もっと郷土の歴史に関する知的好奇心を満足させることをやって欲しい

と言われてました

少数意見だと思います

一部の歴史好きにはこの意見も賛同を得るでしょうが

名古屋に観光客を呼ぶため

経済効果を考えたとき

やっぱり本丸御殿再建でしょうね

※松平忠吉は家康の四男

秀忠よりも優秀だったらしい

関が原の戦いのときの傷が元で

1607年に28歳で死去

家康は一度は忠吉を清洲に移封したのは
尾張を治めさせるつもりだったのか?
[PR]
by spremuta-arancia | 2009-06-19 23:21 | 日本史 | Comments(0)

平凡だけど幸せな毎日を過ごすおばさんの日記


by spremuta-arancia
プロフィールを見る
画像一覧