カテゴリ:旅行( 384 )

松平郷と大給城

11/23

豊田市松平郷

夫が昨年10月一人で出かけた

自動車の運転ができないので公共交通機関で行った

もみじが多かったので

紅葉の頃はさぞ美しかろう

もう一度訪れたいと思ったと言う

昨日は息子が車に乗せてくれた

所要時間は半分

駐車場は満杯

近隣の方

ウオーキング趣味の方

紅葉狩りの方

そして我々のような歴史オタク等々

松平は14世紀の初頭起こった

その歴史は定かではない

松平、徳川の歴史がこの辺りにある

祖先の墓所があるので

家光が高月院と東照宮を建立した

高月院の佇まいがよかった

松平郷から車で5分ほど離れたところに大給城がある

大給松平家の城

地元の土豪の居城を攻め落として大給城とした

うっそうと繁る木々の中に土塁がある

足元が悪い

息子に手を引いてもらって登った

駐車場にはそれなりに車が止まっている

縄張りの半分ほどしか歩いてない

整備されていない

足元が悪い

私がいなければ全部回れたかもしれない

申し訳ないね

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by spremuta-arancia | 2017-11-24 16:41 | 旅行 | Comments(0)

東北の城廻の旅その5

11/5(日)

青葉城址

9:00仙台駅からループルバスで青葉城址まで乗る

相当な山城

平地部の大手門から600~700mの距離があり

標高は50~60mはあるだろう

見事な石垣

本丸は2000坪はあるだろう

青葉山の山頂にこれだけの平場を造ったことは驚きだ

この城の遺構は石垣ぐらいで建物は一切ない

だが観光客が多いのは

伊達政宗の人気だろうか

11:30仙台駅までは国際センター前より地下鉄

100万都市でこの立派な地下鉄

採算とれるのだろうか

仙台駅着

11:50仙台発東北本線

12:05国府多賀城着

駅そのものや歴史博物館は立派だが

駅前にはコンビニすらない

10分ほど歩くと正門跡

そこから真っ直ぐに政庁跡

この城は陸奥の国の政庁であり

戦いに備えた造りではない

しかし1辺900m四方の広さがあったという

9世紀後半には

坂上田村麻呂が

11世紀には源頼家

源義家がこの城を拠点に戦闘した歴史がある

だだっ広い中に

9世紀~10世紀頃の

時代のロマンを感じさせてくれた

15:24国府多賀城発東北本線

15:40仙台着

16:24仙台発やまびこ52号

18:24東京着

南陸奥の城廻の旅おしまい






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by spremuta-arancia | 2017-11-22 13:17 | 旅行 | Comments(0)

東北の城廻の旅その4

11/4(土)

8:39郡山発東北本線

9:01二本松着

地図を見ながら歩いていたのに

曲がる道を一本間違えたために

スムーズに行けば20分ほどのところ

思わぬ遠回りをしてしまって

1時間ほどかかった

しかしそれが幸いして

遊歩道から紅葉越しに見上げた二本松城は

この旅行最高のロケーションだった

二本松城は曲輪が連なる城山と

南側の丘陵を合わせて複雑で広大な城である

菊人形展を開催していたせいか

昨日PRのお姉さんが来ていたが

PRの必要がないほど

観光客が多かった

紅葉の名所でもある

二本松城は戊辰の役に参戦した62名の少年兵でも有名だ

13:04二本松発東北本線

14:19白石着

伊達家家臣片倉小十郎の城

家臣が城を持つってすごいこと

しかし

本丸しか残っていない

堀もない

ボランテイアはいたが

午後4:00には城の売店も閉店してしまって

残念の部類の城

娘が仙台マラソンのとき

白石名物

うーめんが食べたかったが

食べることができなかったと

残念だったそうなので

夕食には早いが

駅前のうーめん屋さんで食べた

何のことはない

普通のにゅうめんだった

16:37白石発東北本線

17:27仙台着

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by spremuta-arancia | 2017-11-21 21:38 | 旅行 | Comments(0)

東北の城廻の旅その3

11/3(金)

会津若松城

朝食後チェックアウトするまでの間にタクシーを頼むべきだった

チェックアウト後タクシーを頼んだところ

15分ほど待ってやっと来た

ホテルから駅までタクシー

コインロッカーに荷物を預ける

城までの周遊バスの出発時間を調べてから

1日乗車券を買うべきだったのに

うっかり調べずに買ってから時刻をみたらまだ30分も先

結局城までもタクっちゃった

そしてこの券を一度も使わなかった


移動の電車の中で未使用なら手数料を除いて返金される

と書いてあることを知ったが

全て後の祭り

随分損しちゃった

前回訪れた2005年の時より

屋根瓦が茶色い

天守から南櫓までの多聞櫓が新しく築かれていた

城主が何人も代わった城はその度に改修された

戊辰の役で大きく傷ついた天守は

後の時代に新しく築かれた

本丸出口に二本松城も見てくださいねとPRのお姉さんが出張していた

歴史の勉強のために城の中に入って

展示物を見た

午後三春城を訪れるために

早めに切り上げる

11:58会津若松発磐越西線

13:11郡山着

13:17郡山発磐越東線

13:29三春着

駅へ着くとコミュニテイバスが

城の麓の保健センターで降ろしてくれた

あとは歩いて登る

ちょっとした登山だ

曲輪は石垣はなく殆ど土塁

廃城令により取り除かれたらしい

今夜は郡山のホテル

17:06三春発磐越東線

17:19郡山着









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by spremuta-arancia | 2017-11-21 16:21 | 旅行 | Comments(0)

東北の城廻の旅その2

11/2(木)

8:28東京発なすの253号

9:48新白河着

10:03白河着

午後2:00に大内宿経由で夕方会津若松に着く

予定のバスの乗り場を確認すると

土日祝日だけの運行とか

大内宿は諦める

白河小峰城

本丸に昇ると

三層三階の木造の櫓

許可を得た経緯で

入場料を取らないそうだ

東日本大震災で石垣が大きく崩れ

修復中

搦め手に出ようとすると

スマホを操作する

およそ城には興味なさげな

若者の怪しげな団体に出くわす

ここにはまだポケモンgoをやっている

変な団体が出没するのか

13:00白河発東北本線

13:37郡山着

14:05郡山発高速バス

15:05会津若松駅着

明日の行動予定は盛り沢山なので

今日のうちに飯盛山だけ行っとこう

夫と娘は階段

私は250円払ってエスカレーターに乗った

ここから若松城に方向を見る

火の手があがっていたら

城が落ちたと思ったのも無理はない

しかし

白虎隊の面々が切腹したときはまだ城は落ちてなかった

帰りは5:00を回って真っ暗だった







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by spremuta-arancia | 2017-11-21 16:20 | 旅行 | Comments(0)

東北の城廻の旅その1

11/1(水)

明日から南陸奥の城廻の旅に出る

名古屋を早立ちして東京へ

江戸城

外人観光客が多い

英語、ドイツ語、フランス語、

ラテン語(スペイン語かイタリア語かポルトガル語?)

他の観光地にはない感じ

東京駅に近いし

緑豊かな庭園も美しいということで

手っ取り早く日本が味わえることなのか

江戸城は広大で

城郭は周囲4里

あったらしい

東御苑を出たところで

あっやっぱり

中国人の団体が大挙居った

その後

桜田門まで歩いたところで

さてそろそろ娘の家へ参ろう






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by spremuta-arancia | 2017-11-21 14:13 | 旅行 | Comments(0)

旅行の雑感

夫の判断力のなさについて書く

東京へ帰って

千葉県の市川市にいる娘の家へ1泊し

姉のいる船橋へ行きます

そのあと新幹線で帰名します

東京メトロ東西線で西船橋

JR 総武線で船橋へ

帰りは船橋から総武線で東京へ



(1)東京駅でジパングで切符を買うとき

船橋から買いましょうと言ったのに

東京からで良いと言い張る夫

私の判断で船橋から買った


(2)西船橋駅から船橋駅へ行くのに

反対方向のホームに行こうとするので

こっちだよと促す





姉のご主人を見舞ったあとの帰り


(3)船橋駅で

東武線改札へ向かおうとする夫

(明らかにロゴが違うのに)

お父さん!JR はこっちだよと言う


(4)船橋駅から東京へ向かうとき

総武線の各駅停車が停まるホームへ行こうとする夫

私が快速の方がいいよと快速列車ホームへと誘う


以前

我が家の下の奥さんが認知症になったご主人に関して

世の中で起きている出来事や

歴史(中学校の社会科の先生だった)にとても詳しい

生活能力の判断力の欠如に驚くと言っていた

私もそれを感じる





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by spremuta-arancia | 2017-07-09 06:19 | 旅行 | Comments(0)

PS北海道から青森の旅

4月

姉のご主人がくも膜下出血で

倒れた

お見舞いに行かせて

と前から言っていたけど

お兄さんのあまりの変わり様を

私に見せたくないとの

姉の気持ちで

今日まで延び延びになっていた

今回は夫も一緒ということなので

やっと

姉も許可してくれた

姉が心配したように

お兄さんはすっかり痩せてしまって

以前の面影はない

リハビリして歩けるようになったが

トイレも着替えも自分でできない

勿論

私たちのこともわからない

会話も成立しない

ただ

いつも優しくおおらかなところはそのままだ

見当識障害

せん妄

があって

友人と会社を起こすとか

選挙に出るとか

健康な時には

全く言わなかったこと

聞いたこともない人の名前

を言うらしい

質問に対してとんちんかんな答えをする

今日は言語聴覚士のリハビリに一緒に参加した

私たちのことを

姉が妹夫婦と紹介してくれた

ヘエ

いつ結婚したの?

って聞かれて

思わずいつだっけ?と夫を振り向いてしまった

適当に答えておけばよかったか

行ったこともない場所も

さも行ってきたかのように

話をする

姉に柔道でこっぴどく投げられたと言っていたが

柔道をしたことはない

本人は剣道7段の猛者で

倒れたのは剣道の指導の最中だったらしい

最早好きな剣道もできない

姉も相当参っているようだ

命が助かって良かった







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by spremuta-arancia | 2017-07-06 22:19 | 旅行 | Comments(0)

北海道から青森の旅(5)

五所川原から津軽線で金木へ

太宰治の斜陽館へ

それほど太宰愛があったわけでもないのですが

どれだけ自分の家が故郷が嫌だったのか?

金木町を歩いて見ようかと思った

静かな町です

宇治拾遺物語選から

いわゆるおとぎ話をいくつか

太宰なりに脚色して書いているのを

読んでみた

今は桜桃忌ではなく

生誕祭を毎年誕生日に

行っているそうです

向かいにある津軽三味線会館へも寄って

じょんからを少しだけ聞いてきた

ちょこちょこっと聞くもんじゃねえべと思ったが

演奏する側も力入ってねえもんで

すっかたなかんべさ

津軽三味線の始祖

仁太坊

母は幼いときに死去

8歳のとき疱瘡にかかり失明

父は15歳のとき死去

仕方なく三味線の門付けをして生計を立てる

この頃盲人の三味線引きは差別の対象

人々に蔑まれながら太棹を叩いて鳴らす奏法を編み出した

生まれは安政年間というから

そんなに昔のことではない

弟子の白川軍八郎が確立

そのまた弟子が三橋美智也

津軽線はローカルの私鉄

浴衣に下駄姿の観光アテンダントのお姉さんが金木から乗ってきた

五所川原はどこへ行くのか

行ってきたのかと聞かれたので

立ちねぶた会館

金木は斜陽舘と津軽三味線会館と答えると

押さえるとこは押さえたねって言われた

このあとリゾートしらかみで新青森まで

東京へ帰る

青森へも寄りたかったが

それにはあまりに時間がタイトなのでやめておく

別行動だった夫は

浪岡、根城、九戸城廻を終えて

二戸駅で合流






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by spremuta-arancia | 2017-07-05 09:45 | 旅行 | Comments(0)

北海道から青森の旅(4)

4日目

弘前城

今、膨らんだ石垣修理のため

移築し仮置き中

珍しい状態

7/8(土)ブラタモリでも放送するらしい

敷地が広くてうっそうとした森の中

桜と紅葉の季節はいいだろうな

追手門から入るが

実は本当の正門は北門

桝形虎口もちゃんとある

さて

親子3人旅行はこれで終わり

3人それぞれバラバラになります

解散

私はリゾートしらかみで

五所川原へ


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by spremuta-arancia | 2017-07-05 05:02 | 旅行 | Comments(0)

平凡だけど幸せな毎日を過ごすおばさんの日記


by spremuta-arancia
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