カテゴリ:旅行( 384 )

四国巡り

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四国巡り

と言っても

お遍路さんじゃありません

夫が岡山県の小中学校時代の同窓会に

出席するのに併せて

香川県と愛媛県の

城廻りです

今はまだ倉敷にいます

朝の電車で高松そして一挙に

松山へ行きます
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by spremuta-arancia | 2016-11-20 05:31 | 旅行 | Comments(0)

鳥取

鳥取駅にicカード対応どころか自動改札もなかった

しかし

鳥取城跡から見た景色は素晴らしかった

日本一の砂場へは行かなかったが

まさに絶景

すなば珈琲へは行っときました
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by spremuta-arancia | 2016-06-07 04:41 | 旅行 | Comments(0)

法事

6月4日

7時53分快速ことぶき津山発岡山着

9時17分伯備線岡山発倉敷着

倉敷西阿知遍照院にて法事

法事の日程に併せて旅行を計画した

6月4日5日は雨が予想されたので

前日前々日に旅行することに決めた

大正解

2日3日快晴

予報通り

4日夕方から雨が降り始めた

墓参り

入院中の叔父さんの見舞いを終えて

名古屋へ帰った
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by spremuta-arancia | 2016-06-05 09:42 | 旅行 | Comments(0)

津山城

中々の城であった

ところで

城主森忠政の名を紹介するのに

本能寺で信長と一緒に死んだ森蘭丸の兄と紹介していたが

これはおかしい

森長可の弟とすべきであろう

森蘭丸などは何の活躍もしていない

森長可は小牧長久手の戦いで壮絶な戦死を遂げた武者である

別名を鬼武蔵という

津山の城は町から見上げられる壮大な城であったが

訪れる客は少ない

竹田の城にあんなに人が訪れるのにどうしてだろう

町の規模はこちらの方が大きいくらいなのに

世の中は城ブームと言うが

世界遺産の姫路城や

竹田の城のように映画などで有名になった城には行くが

縄張りだけの砦のような城へは訪れないな

世の中あげて

城ブームと言うわけではあるまい

津山はこのように静かだが

同じ岡山でも倉敷は観光客で賑わっている

町の努力の違いであろうか
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by spremuta-arancia | 2016-06-04 21:00 | 旅行 | Comments(0)

津山城

6月3日

朝7時23分鳥取発因美線智頭行き

8時15分智頭発因美線津山行き

9時24分津山着

因州鳥取から作州津山へ

森忠政が治めた美作津山城へ攻めいる

まず

ホテルに荷物を預ける

城の近くで

十一面観音像があるというお寺を見つけた

菩薩像を見せてもらう

木曽の桧一木彫り高さ4.6メートルの像

津山城の全景を観察

10万石にしては

中々の規模である

森氏が入ったときには18万石だったらしい

幕末には10万石

明治初めまでは城郭が残っていたが廃城令により

破壊され

その後築城400年記念の

2000年代に

備中櫓だけ再建された

美作なのに

なぜ備中櫓というか?

疑問に思った

答えは

岡山の池田備中守に娘を嫁に遣った

時々婿さんが遊びに来る櫓なので婿さんの名に因み

備中櫓と名付けたそうだ

午後2時43分

姫新線にて真庭市美作勝山へ

何故か駅名は中国勝山

なんでやねん

旧国名をつけたらいいんじゃないの?

勝山の町に住む草木染の染色家の提案で

暖簾の町ということで町起こしの真っ最中

集客にまだ反映されていない

しかも津山から50分かかる

暖簾が買えるかと思って行ってみたけどなかった

いまいちだった
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by spremuta-arancia | 2016-06-03 12:36 | 旅行 | Comments(0)

鳥取城

12:00登山開始

登山です

標高280メートルの山城

石段ばかり

しかも1段が高い

今まで登った山城の中で一番攻略しにくかった

その山道を裸足で歩く修行僧のような人がいるのには驚いた

石垣が立派

数々のいくさに耐えて

明治初めまで残った城

立派な山城

平井鳥取県知事の

スタバはないけど日本一のすなばがある発言のあと

できたという

有名なすなば珈琲に寄った
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by spremuta-arancia | 2016-06-02 20:41 | 旅行 | Comments(0)

鳥取城

6月2日

朝7時25分ひかり493号名古屋発姫路着

9時11分赤穂線姫路発相生着

9時32分山陽線相生発上郡着

9時50分スーパーいなば3号上郡発

11時04分鳥取着

寒い

特に姫路駅乗り換えのホームがとても寒かった

スーパーいなばは山の中を走るので揺れる揺れる

楽しい

途中トンネルに入る度に

ヒューヒューと何の音かわからないが音が聞こえる

無気味

ガタンガタン

中々風情のある電車です(デイーゼル)

通路側だったので

車窓から外が見えなくて残念でした

このあと

鳥取城を攻めます
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by spremuta-arancia | 2016-06-02 10:59 | 旅行 | Comments(0)

神戸城と桑名城

5月2日(月)

名古屋駅9:01出発

近鉄急行

鈴鹿市駅10:25 から徒歩15分

神戸城

神戸氏4代の神戸具盛が(1532年 - 1555年)に築城し

滝川一益の侵攻に和睦し(滝川一益は大活躍。優秀な武将である)

養子に受け入れた織田信長の3男神戸信孝の手で強固に修築された

関ヶ原の戦い以降は一柳氏が5万石で入り

(1732年)には本多忠統が2万石で入封

以降明治維新まで、本多氏7代が居城として用いた

本丸には野面積みの天守台がある

現在城の中心部は神戸公園となっている

二の丸跡には、三重県立神戸高等学校が建てられている

この日は近くの小学生が遠足

本丸ではグラウンドゴルフのおじさんおばさん

古を思い起こすには難しい雰囲気

12:10桑名駅徒歩30分

桑名城

戦国時代の桑名の土豪伊藤武左衛門の東城

樋口内蔵の西城

矢部右馬允の三崎城の桑名三城と呼ばれる城があった

現在の桑名城は東城があった辺り

(1574年)織田信長がこの地を征し

部将の滝川一益が三城を配下に置いた(ここでも滝川一益ようく働く)

豊臣秀吉の時代になると神戸信孝以後

支配者が目まぐるしく入れ替わった

関ヶ原の戦い後

(1601年)徳川四天王の本多忠勝を桑名10万石に封じた

忠勝は揖斐川沿いに城郭の建造を開始した

城には船着場も整備し4重6階の天守を築いた

また同時に城下町も整備された

2代忠政は播磨姫路藩に移封となり

代わって松平定勝が入城

松平定重の(1701年)には桑名市街地の過半を焼く大火に遭い

この際に天守も焼失し以後再建はされなかった

揖斐川を利用した掘割は

内堀中堀外堀の区別がつき難い

まるで川の中に城があるような

今はそこに城があったなどと

想像もつかない

市民の憩いの広場になっている

おりしもこの日は

金魚祭り

張りぼての金魚のおみこしを担いだ子供たちがわっしょい

途中海蔵寺という宝暦の治水で命を落とした薩摩義士の墓に参り

七里の渡しへ行って

桑名駅へ帰りもうひと頑張り

15:35三岐鉄道紀勢線で一駅先の馬道駅下車

桑名市矢田城

築城年代は定かではない

(1573年~1592年)矢田俊元によって築かれたと云われる

矢田氏は安芸国首藤の山内俊元が伊勢国北畠氏に仕えて功をたて

矢田城を築いて矢田氏を名乗った

(1558年~1570年)頃、滝川一益によって攻められ落城(またも滝川一益)

俊元は自刃

その後矢田城は滝川一益に与えられ

長島一向一揆攻略の為の最前線基地となった

(1574年)一益が長島城へ移る

家臣杉山十左衛門・野呂孫右衛門を置いて守らせた

居城はほぼ同じ頃の城3つ見た

私としては

桑名の殿様の中では

最後の藩主松平定敬が印象強いです
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by spremuta-arancia | 2016-05-03 17:28 | 旅行 | Comments(0)

吉野の桜を見て来ました。

阪○交通社のツアーバス

4月12日朝7:15名古屋駅集合

寒い

7:30定刻出発

高速道路は現在リフレッシュ工事で片側通行中

渋滞

途中

御在所と針テラスでトイレ休憩をしてから

12:00吉野到着

ここでは4時間散策しました

もう既に下千本は落花盛ん

中千本ですら散り始め

上千本まで行かないとダメということです

朝あんなに寒かったのに

上千本まで1時間ほどかけて登ったら

汗たらたらでした

土日に比べれば人も少ないということで

ハイキングを楽しんで帰って来ました

吉野には天武天皇の時代に

役行者が開いた金峯山寺の宿坊だった吉水院

明治維新のあと

神仏分離令によって吉水神社になったところに

一目千本といわれる開けた場所があり

ここから桜が一望できます

義経がここで頼朝の追っ手から逃れ匿われた金峯神社は奥千本で

麓から1時間15分ほどかかるらしい

登り降りだけで3時間ほどかかるのでやめにした

1300年代後醍醐天皇が野心を持って

南朝を置いた場所

秀吉が花見を楽しんだといわれる吉野

かくして
今年の花見も終わりました
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by spremuta-arancia | 2016-04-13 06:37 | 旅行 | Comments(0)

姫路マラソン

2月28日

娘が姫路マラソンに参加すると言うので

応援を兼ねて姫路を旅行してきました

姫路城出発姫路城ゴールの42.195kmのコースです

2月27日(土)12:30姫路着

駅で娘と落ち合ってまずホテルにチェックイン

走った身体を癒すための天然温泉つきのホテルです

連泊します

参加エントリをしてから姫路の城壁を見て回りました

黒田官兵衛のころの石垣も少し残っていますが

城は関が原以降に入封した池田輝政が築きました

立派なものです

さすが国宝世界遺産

明日に備えて

たっぷり栄養のある但馬牛と豚肉のしゃぶしゃぶを食べました

2月28日(日)

う~ん寒い

昼間は暖かくなるといっていますが集合時間の8時半はまだまだ寒い

そうこうしているうちに選手がどんどん集まって来ました

9時スタート

応援に回る前に

もう一度姫路城を見学

百軒廊下といわれる西の丸だけ見てきました

全容を上から撮った写真が展示してありました

姫路駅のある辺りが外堀らしい

すごい規模です

実は姫路城を始めてだという

娘がレース参加でほとんど見られない

明治時代には陸軍の兵営地となり、歩兵連隊が駐屯していた

多くの建物が取り壊されたが、陸軍の中村重遠工兵大佐の働きかけによって

大小天守群・櫓群などが国費によって保存される処置がとられた

おかげで現在のように整備されたわけです

JR姫新線で2駅先の余部(よべ)駅で30キロ付近を応援しました

みんな同じことを考えるのですね

大勢応援していました

ところで姫新線はまだICカードが使えません

3月26日から使用できます

2月12日にインフルエンザにかかった娘は走りこみ不足

その割りに5時間で走り切りました

疲れた身体を温泉で癒し和食レストランで英気を養いました

2月29日(月)はチェックアウト後JR姫新線で

本竜野駅で下車

たつの城と明石城を見て

西明石から帰宅しました
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by spremuta-arancia | 2016-03-14 16:06 | 旅行 | Comments(0)

平凡だけど幸せな毎日を過ごすおばさんの日記


by spremuta-arancia
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