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ところで

チームスポーツの世界では

移籍はつきもの

わがグランパスでは

大学出て3年の契約切れの選手2人が

京都に移籍する

そこでグラサポの息子に聞いた

選手には忠誠心と言うものはないの?

今期終了後

選手全員におしなべてDownだぞと言ったらしい

UPしてしかるべき選手にもだ

downだぞと言われた選手は

upしてくれるチームに行くに決まっとる

馬鹿なフロントのせいで

大学出て3年の契約切れの選手を

ただでくれてやった

グラのフロントはアホである
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by spremuta-arancia | 2015-12-31 16:51 | スポーツ | Comments(0)

「土屋主税」その2

先の話はかなり省略している

実は俳句の宗匠の家に

別の侍がやって来ていて

最初は源吾と親しげに話していたが

源吾が仕官すると聞いて態度が急変する

二君(じくん)にまみえるなど

豚侍だの

犬畜生だの

ずいぶん口汚く罵った


艱難辛苦の末主君の仇を討った

赤穂浪士の討ち入りが美談となっているが

侍は仕官口を失っても再び別の就職先を探しては駄目なんだろうか?

そんな話はおかしい

歴史小説を読んでいても

そんな話はいくらでもある

江戸期になって平和な時代になり

戦はないが

大名に跡継ぎがいない

不行跡があった

などの理由で改易になり

たちまち路頭に迷う家臣がいたはず

中でも「腕がたつ」「才がある」

などキャリアがある者は

別の就職先を探したであろう

食っていかなきゃならんもの
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by spremuta-arancia | 2015-12-31 11:57 | TV等娯楽 | Comments(0)

「土屋主税」その1

先述の

義経千本桜「吉野山」

と一緒にかかった歌舞伎

「土屋主税」は

赤穂浪士の討ち入りに関するお話

師走13日

大高源吾が俳句の宗匠のところに

このたび仕官することになったから暇乞いの挨拶に来た

なんだ!主君の仇を討つのじゃないのかと

宗匠はがっかりした

とにかく別れにと発句を詠み

それに源吾が脇句を詠んだ

その句に謎が込められているのだが

宗匠は気づかない

源吾が去った後

宗匠は本所深川吉良の屋敷の隣にある土屋主税の屋敷へ行く

今日は面白くないことがあったと言う宗匠の話を聞く土屋

が先の句を見て膝を打つ

「なるほど!そういうことか」

果たして

14日早暁、隣家が騒がしくなってきた

陣太鼓と人のあらそう声

使いが来て訳を話す

聞いた土屋は吉良の屋敷に灯りを照らしてやる

やがて勝どきが聞こえる

源吾が挨拶に来て

宗匠が先ほどはすまなかったと詫びる

関東では内容はほぼ同じで「松浦の太鼓」とタイトルが違う

関西と関東とでは中味は同じだがタイトルが違う落語がある

「ちりとてちん」と「酢豆腐」もそれですかな?
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by spremuta-arancia | 2015-12-30 16:35 | TV等娯楽 | Comments(4)

年賀状

以前と比べると半分に減った

でも

まだ減らせる

減らす条件として

年が明ければ

すぐに会える友は出さなくてもいい

逆に全く会わない人で

様子が知りたい人ってそんなに居ない

という理由からもっと減らせる

来年はさらに半分になる

その分ゆっくり箱根駅伝を楽しも
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by spremuta-arancia | 2015-12-30 05:17 | Comments(0)

「義経千本桜」吉野山

恋と忠義はいずれが重い

静御前と佐藤忠信(狐忠信)の道行き

これは舞踊主体の芝居

ここで大事なのは二人ができている

と見せてはならないが

慕ってはいる

主君の御内儀を守り行く旅である

二人は主従関係である

ところが佐藤忠信は実は

静御前が持っている鼓の皮ににされた

自分の母恋しさに

静御前を追って来た子ぎつねの仮の姿なのである

それを舞踊のなかで表現する

歌舞伎役者ってすごい

実はこれ

劇場ではなくTVで鑑賞している

劇場ならば寝てしまうかもしれない

舞踊劇はTV鑑賞に限る
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by spremuta-arancia | 2015-12-28 13:57 | 文化芸術 | Comments(0)

映画「杉原千畝」を観てきました

いきなり千畝がスパイに追われるシーンから始まった

満州国の手先みたいな仕事をしていたり

突然関東軍の将校が現れて発砲を命じてソ連の兵士を皆殺しにしたり

よく判らなかった

ウィキペディアで調べてみたら

千畝の仕事は満洲国政府外交部で

中国とソ連 が共同所有していた北満州鉄道の譲渡交渉を任された

ソ連の要求額が、日本側が用意していた額の10倍以上

交渉は困難を極めたが、その中で杉原は緻密な調査によりソ連の高額な要求額の根拠を否定

最終的に1億 4000万円で決着

この杉原の働きに関して

「外務省書記生たりしか滿州國成立と共に仝國外交部に入り政務司俄國課長として北鐵譲渡交渉に有力なる働をなせり」
という記述が残されている

このとき得た名声が後に杉原のキャリアを邪魔することになった

後に本国の外務省に復職し、モスクワ大使館赴任を任命されたが

ソ連がペルソナ・ノン・グラータを発動して杉原の入国を拒否した

その理由は北満州鉄道譲渡交渉の時に杉原が見せつけた外交官としての手腕をソ連が恐れたためだと考えられている

一旦帰国した彼はリトアニアのカウナスへ赴任を命じられる

カウナスは、ソ連邦に併合される以前のリトアニア共和国における臨時の首都

外務省の命令で1939年の秋カウナスに最初の日本領事館を開設した

リガには日本の大使館があったがカウナスの領事館には千畝一人だけ

カウナス公使館は外務省の直接の命令系統にありリガの大使館とは関係ない

第二次世界大戦の数年前

日本の参謀本部にはファシストのドイツと親密な関係を取り結ぼうとする動きがあった

その運動の指導者の一人が日本軍の陸軍中将大島浩・駐独大使である

大島中将は日独伊三国軍事同盟の立役者

リトアニアはドイツによる対ソ攻撃についてヒトラーから警告を受けていた

ヒトラーの言明に全幅の信頼を寄せることが出来なかった大島中将は

ドイツ軍が本当にソ連を攻撃するつもりかどうかの確証をつかみたい

日本の参謀本部は、ドイツ軍による西方からのソ連攻撃に対して関心を持っていた

というのは関東軍をソ満国境から速やかに南太平洋諸島に転進させたかったからだ

ドイツ軍による攻撃の日時を迅速かつ正確に特定することが公使の主要な任務であった

なぜ参謀本部は日本人が誰もいないカウナスに千畝を日本領事として赴任させたか

会話や噂などからリトアニアとドイツとの国境地帯から入ってくる

ドイツ軍による対ソ攻撃の準備と部隊の集結などに関するあらゆる情報を

外務省ではなく参謀本部に報告することが役割であったからだ


このときの世界情勢をwikiで調べないと

映画を一度見ただけでは理解できない


それにしても俳優も大変です

穏やかな人柄の役が多い小日向文世は今回は狂信的な陸軍中将大島浩・駐独大使の役

滝藤賢一は顔色一つ変えず千畝にヘルシンキへ行けだのリトアニアへ行けだの言い放つし

塚本高史に至っては非情にもソ連人に対して引き金を引く軍人役


このあと日本政府の許可を得ることもなく千畝はユダヤ人にビザを発給することになっていった

ビザを発給されたユダヤ人たちはシベリア鉄道でウラジオストクまで行く

ウラジオから船で敦賀港へ渡り

日本から上海、アメリカなどへ渡ったという

美談は杉原だけの手柄ではない

ウラジオストクの総領事根木三郎は杉原の後輩

JTBの社員とで船に乗せる許可を出し

日本の領事はビザの延長を認めた


杉原千畝という名前

岐阜県出身ということ

ユダヤ人にビザを発給した

この事実しか知らなかった

映画そのものは難しくてわかりにくかったが

何も知らずにいた私にひとつ知識をくれた映画だった
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by spremuta-arancia | 2015-12-22 09:19 | TV等娯楽 | Comments(0)

映画「海難1890」を観て来ました

1890年オスマン帝国は大日本帝国への親善使節団を派遣することになり

600名の軍人がエルトゥールル号に乗り込み出航した

トルコの海軍が明治天皇を表敬訪問しての帰途

老朽化の進むエルトゥールル号和歌山県沖で台風のしけに遭い

座礁

乗組員の90パーセントが死亡した

生き残った乗組員を

漁民が不眠不休で

献身的に助けた

その後

1985年イラン・イラク戦争が勃発

イランのテヘランにはイラク軍のミサイル攻撃が行われ

人々は攻撃から逃れようと地下壕に避難する

サダム・フセインはテレビで「48時間後にイラン上空を飛行する飛行機を無差別攻撃する」と声明を出す

日本航空が「空路の安全が保障されない」という理由で

自衛隊が「国会の承認に時間が掛かる」という理由で

救援に来られない

他国の航空会社は自国民の救助を優先する

日本人だけが戦場に取り残されてしまう

日本大使野村からの要請を受けたトルコ政府閣僚たちは

95年前の日本人への恩を返すべく

首相のトゥルグト・オザルは要請を受け入れ

日本人救助のための救援機を手配する

という実話を映画化したもの

和歌山県でロケをしたものらしい

嵐の場面はCGだと思うが

実際

トルコ人の俳優が和歌山県へ来て撮影をした


映画館は平日のせいか年寄りばかりだった

判り易いいい映画で感動した


私も2年前にトルコへ行ったが

トルコの人は親日の人が多かったのは

そういうことがあったからか
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by spremuta-arancia | 2015-12-16 17:12 | TV等娯楽 | Comments(0)

女性専用車

大体女性専用車に乗ることにしている

途中駅で乗り換えのために

前寄りか後ろ寄りに乗る必要があるとき以外

3両目で便利なので

大体女性専用車に乗る

あるとき

女性専用車に

明らかに男とわかる

かなり露出度高い女装した男性が

7人掛けの真ん中に

座っている

これは有りか?

その隣の女子高生の二人連れは笑いをこらえて座っている

私と同時に車両に乗りこんだ別の女子高生は

目が点になってそっと離れて行った

私も周りの反応が気になったが

そのうち

この時代何でもありだな

と思って

本を取り出した
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by spremuta-arancia | 2015-12-07 21:45 | 日常 | Comments(0)

旧開智学校

11月19日

明治維新のあと

廃藩置県で筑摩県令の指示で

藩校にかわる教育の場

小学校を作ることになった

廃仏毀釈によって

壊されたお寺の廃材を使って1873年

松本出身の大工棟梁によって築かれた

この時期にしては珍しい洋館

今は博物館になっている

展示されているものの中に

大正末期か昭和初期

ねんねこ着た

子守の10~12歳位の女の子ばかり

運動場にオルガンを弾く先生の周りに

輪になっている写真と

子守しながら学校に来させてもらえて

字を教えてもらったお陰で

文が書けるようになった

学校を卒業するに当たって

感謝の言葉を述べた文章を読んだ

しばらくその写真を見ていたら

パキスタンのマララさんの顔が浮かんだ

日本にもこんな時があった
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by spremuta-arancia | 2015-12-02 19:25 | 旅行 | Comments(0)

松本城

11月19日

松本城

昨夜の雨も今朝方には上がった

松本には何年ぶりか?

中国人の団体も多い

日本人の
(私も十分年寄りだが)
私より10歳以上は上の年寄りの団体が多い

相変わらず

見事な国宝

少々頭がでかい

破風が少ないな

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と思った
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by spremuta-arancia | 2015-12-01 14:59 | 旅行 | Comments(0)

平凡だけど幸せな毎日を過ごすおばさんの日記


by spremuta-arancia
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