青松葉事件

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「節分会(せつぶんえ)陽のぬくもりに蠢いて」
「歳の数食べて明日の春が立ち」

蝋梅の横に「青松葉事件」の碑が立っていました

「青松葉事件」の真相について

14代藩主慶勝は隠居し、王政復古大号令後も京都において執務中

鳥羽伏見の戦いで旧幕軍が敗北徳川慶喜は江戸へ逃げ帰った

尾張では国許で渡辺新左衛門ら佐幕派の一味が幼君16代藩主義宜を奪って
旧幕軍に合流しようとするなど不穏の動きあり

慶勝は急ぎ国許に戻り佐幕派分子たちを斬殺した

尾張の慶勝は松平容保の兄であるのに何故そのようなことをしたのか?

詳しくは著書があるので

『実説・名古屋城青松葉事件ー尾張徳川家お家騒動ー』

そちらを参考にしてください

要は幕末の討幕(倒幕?)派と佐幕派の名を借りた

竹腰家と成瀬家の勢力争いではなかったかと
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by spremuta-arancia | 2009-02-03 23:49 | 日常