カテゴリ:家族( 153 )

失敗談

母の命日(3/6)が近いので、4年前の葬儀に関しての失敗を。

母は病院で亡くなりました。

遺族は悲しんでいる暇もなく、葬儀の準備に取り掛からなくてはなりません。

病院の霊安室の前には公衆電話と、葬儀屋のリストがありました。

常日頃からどちらが先に逝ったとしても、住んでいる場所や参列してくれる人たちの交通の便を考えて、葬儀はココでと夫婦で決めていたと父の言う葬儀場に電話しました。

専用車両で母を向かいに病院へ来てくれた葬儀屋は葬儀はいつがいいか?と聞きました。

暦を参考にこちらの都合を言いますと、生憎ですがその日はもう先約がある。と断られました。

仕方がないから、とりあえず家へ母を連れて帰って別の葬儀場をあたることにしました。

葬儀場は比較的すぐに見つかり、初めてのことでわからないながらも何とか葬儀を済ませることができました。

母の死、葬儀、初七日、香典返し、七日ごとの経、仏壇、墓。年金。預貯金。

忙しくしていて忘れた頃に、先の葬儀屋さんから病院~家まで母を連れて帰ってくれた代金の請求書が届きました。

心が少し平静になってみると、先の葬儀屋さんに対して文句を言いたくなりました。

病院から電話した時に葬儀の日程について、こちらの都合を聞いてくれればよかったのに。

電話をして料金を少し安くしてもらえないかと交渉してみました。

電話口の向こうで係長に代わりましたが、やっぱりだめでした。

この次の時はうまくやれると確信しました。
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by spremuta-arancia | 2006-03-05 00:38 | 家族 | Comments(6)

母の命日

実母が亡くなってから早いものでもう4年経つ。

我が家の息子が高校を卒業して、大学を受験していた。

合格発表の直前だった。

その息子がもうすぐ大学を卒業する。

母さん、見ていて下さい。
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by spremuta-arancia | 2006-03-03 18:47 | 家族 | Comments(0)

穏やかに穏やかに

歩道を歩いていると、向こうから若いOL風の女性3人がぺちゃくちゃおしゃべりしながら、歩道の巾いっぱいに並んで歩いて来ました。

すれ違うことができなかったので私は車道に下りて歩きました。

彼女たちは、私に何も言わずに一瞥もくれず、さも当たり前のように通り過ぎました。

誰のせいで車道を歩かなくちゃいけないのかと腹立たしく思った私は、文句を言おうと思いましたが、最近の夫の言葉を思い出して止めておきました。

定年を迎えた夫は、「これからは尊敬するマザーテレサのように平和を愛し、穏やかに穏やかに波風立てずに生きて行こうと思う。」

そのうちに『穏やかさん』と呼ばれるようになるだろう。

「プッ」噴出しそうになりました。

「仕切り屋」「独断専行」こんな言葉がぴたっと当てはまるような生活を送ってきた夫は、今までとは180度違う人間像を目指して生きて行くと決意表明しました。

再就職先の会社の事務処理方法が「あぶなっかしい」と感じることがあっても、「穏やかに穏やかに」をモットーに、口出ししないで帰ってきます。

何も言わないことで、却ってストレスを抱えることにならないかと心配になるくらいです。

でも、日々不満や憤りや疑問を感じることの中から(だけじゃありませんが)ブログが生まれます。

「穏やかに穏やかに」夫の言葉を実践しているとブログの材料探しはできません。

今日はおとなしくして帰って来ましたが、腹の立つ時は怒ることにしようと思います。
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by spremuta-arancia | 2006-02-15 17:09 | 家族 | Comments(0)

似た者夫婦?

私たちかなり認知症が進んでいるのでしょうか?

とても心配です。

夫は1年半前に退職し、年金生活です。

再就職してパート主婦と同程度の収入はあります。

今日、夫が出先から「いつも入れているはずの鞄の中に財布がない。家に落ちてないか」と電話してきました。

速達を出そうと郵便局へ行ったが、ポケットの小銭入れに20円しかなくて、会社の同僚に2000円借金して支払ったそうです。

お昼は菓子パン2個。

財布は我が家の洋服ダンスの背広の胸ポケットの中にありました。ホッ。

私は私で、住民税を支払ったかどうか忘れていました。

支払いが滞っては、道の真ん中も歩けないので、端っこを歩かなきゃ(笑)。

「納付書を送っていただいて支払うのですか?」区役所へ電話しました。

区役所の市民税課の人が「納付書は送ってありますし、お宅は去年の6月に支払われていますよ」と教えてくれました。

住民税を支払ったことを失念していました。

かなりやばい?
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by spremuta-arancia | 2006-02-14 18:46 | 家族 | Comments(2)

19年間続けたこと

我が家の3人の子どもたちが中学校に入学以来ずっとお弁当を作って来ました。

特に第三子は大学卒業するまでです。

途切れることなく19年間続きました。

それも、この春でようやく終了です。

母親としての役目も終わりかな。

ちょっぴり寂しくもありますが、ほっとした気持ちです。
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by spremuta-arancia | 2006-02-13 18:17 | 家族 | Comments(3)

懇談会

10年以上前にママさんバレーをやっていました。

自分で言うのも何ですが、主要なメンバーでした。

ある時チームにとって大事な試合の日と子どもの懇談会の日が重なってしまいました。

できれば試合を休みたくありません。

夫に頼んでみました。

「○○日に会社を休んで子どもの懇談会に出席してくれませんか?」

夫はこう言いました。

『君は大きな勘違いをしているよ。私と君とどちらが大事なことをやっているのかわかってないのじゃないか?』

『私は家族のために仕事をしているのだ。君のママさんバレーはこう言っては何だが、遊びじゃないか。』

バブル経済の当時、世の男どもは、今の日本の繁栄は我々の頑張りがあっての結果だとの自負をもって仕事をしていました。

そんな時、仕事ならまだしも奥さんからママさんバレーの試合に行くから会社を休んでと頼まれてもダメと言うのは当たり前のことでした。

もし、妻である私が仕事をしていたらどうだったかなぁと考えたことがありますが、夫には聞いてません。

当時、夫の同僚で共働きをしている人はいませんでしたので、今となっては考えるべくもありません。

現在、厚生労働省では、家族の誕生日に休みましょう。と呼びかけているほどですから、ママさんバレーの試合の日にも旦那さんは休んでくれるでしょう。

今の奥さんはいいなぁ。
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by spremuta-arancia | 2006-02-05 13:53 | 家族 | Comments(3)

耳垢のはなし

乾燥したタイプと湿ったタイプの2つがある人の耳あかは、遺伝情報の配列1カ所の違いで決まることがわかったというニュースを見た。

詳しく分析したところ、乾燥したタイプは一般的だった遺伝子から約2万年前に突然変異で1人だけの遺伝子が北東アジアに現れ、その子孫が世界に広がったらしいこともわかった。

将来的には耳あかの型で薬の適切な使い方を決められる可能性もあるという。

日本人では、湿型の人にわきが症が多く、わきが症の遺伝要因を解明する手掛かりになるそうだ。

以前から生まれてくるこどもの耳垢が乾型か湿型か遺伝により決まることや、民俗によってその分布率が違うことはわかっていた。

私の父と姉は湿ったタイプ。

母と兄と私は乾燥したタイプ。

性格もこの分類どおりのように思った。

因みに血液型で分けると、父と兄と姉がO型

母と私がB型
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by spremuta-arancia | 2006-01-30 11:33 | 家族 | Comments(0)

○○ちゃんのお母さん

専業主婦をしていると、「△△さんの奥さん」「○○ちゃんのお母さん」と呼ばれることが多いです。

「田島陽子」女史が目をむいて怒りそうだけど、実際、それに甘んじてきました。

子どもが大きくなったからか、社会活動(勉強)を始めてからか最近では「△△さん」と呼ばれるようになりました。

それには、こんな伏線がある。

ある時、生涯学習センターで「話し方入門」を受講しました。

そこではいかに自己をアピールして楽しい話をするかを教わりました。

自己啓発セミナーのようなものではありませんよ。念のため。

地元の放送局の元アナウンサーの講師が、こんな話をしました。

最初に自己紹介をしてもらうが、ざっと見渡したところ、家庭の主婦らしき人が多いようだ。

主婦のお話を伺う時、決まって「主人が」「子どもが」と言う。

ここではあえて家族の話は封印して「私は何者で、どんなことに興味がある。どんなことをしています。」という話をして下さい。

彼女のこの言葉はそれまで、「△△さんの奥さん」「○○ちゃんのお母さん」に甘んじてきた私には、大きな衝撃でした。

今ではあくまでも家庭の主婦にスタンスをおいてはいますが、時間の許す範囲内で社会活動をしているという満足感があります。
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by spremuta-arancia | 2006-01-22 09:59 | 家族 | Comments(2)

母恋し

4年前に亡くなった母の夢を見ました。

「お母さ~ん」って叫んで泣いて目が覚めました。

ここのところ、自分本位なblogを書いているので、戒めに母が出てきたのかも。

「謙虚」「反省」

でもそれが一番足りないのは、あなたの旦那さんですから、「残念!」
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by spremuta-arancia | 2006-01-21 07:50 | 家族 | Comments(0)

介護について

2年前まで実父の介護をしていました。

介護とは言っても自分の事は自分でできるので、食事の準備、買い物、掃除など家事の援助などです。

母が亡くなって父一人になってしまったので、娘が父親の面倒を看るのは当たり前だと思い,
通いで世話をしていました。

最初の頃は「ありがとう」の言葉が聞けました。

時が経つと父にとってはそれが「当たり前」になってしまったのでしょう。

行くのが遅れると怒鳴られるようになりました。

私はストレスがたまって、心身ともに疲れきってしまいました。

姉が代わってくれました。

父は遠く離れた姉のところへ引き取られて行きました。

姉は私と違い、父との相性がよく、可愛いがられていましたので、うまくやっているものだと思っていました。

2年経った今、やっぱり同じことでした。

今度は姉にストレスがたまって、心身ともに疲れきっています。

父は全くストレスを感じることはなく、その分娘がストレスを抱えています。

デイサービスでは好々爺だそうですが、娘に対してははわがままになるものなのでしょうか。

介護って大変です。
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by spremuta-arancia | 2006-01-10 13:48 | 家族 | Comments(0)

平凡だけど幸せな毎日を過ごすおばさんの日記


by spremuta-arancia
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